公益財団法人 禅文化研究所

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墨蹟の読みや出典などのお問い合わせと、その回答を掲載します。

更新日[2011/9/15]墨跡読み

竹圃和尚について
  • 20110623.jpg
    讃は賢江祥啓 (啓書記)の絵にあります。読みは大体分かりますが竹圃叟と落款が不明です。
    建長寺の竹圃和尚(室町時代 c1500年)の経歴と資料は有りましたら教えて頂ければ幸いです。
    また、この二人は同時代の人でしょうか。
    添付いただきました写真を見せていただきましたところ、署名の部分、「前福山竹圃叟聖珪賛」と判読しました。
    竹圃聖珪という僧侶であれば、京都の東福寺の『慧日山東福禅寺宗派図』に発見できました。
    ……虎関師錬-竹翁師泊-月川師濟-東岳師昇-竹圃聖珪
    という法系です。ただ竹圃の後は法系が途絶えているようです。
    残念ながら、彼らの生没年が不明なので、同時に生存していたかどうか、確たることは申し上げられません。
    賢江祥啓は、室町時代の画家であることは分かっており、1478年に上京したことや、1480年に「観爆図」(重要文化財)を描いたことがわかっていますが、竹圃聖珪が記載されている『慧日山東福禅寺宗派図』でも、名前が列記されているだけで、生没年など詳しいことは一切記載されていませんし、他に伝記の類を見つけ出すこともできていません。
    法系で最寄りの禅僧は、虎関師錬(1278-1346)で、そのあとの竹翁師泊、月川師濟、東岳師昇、竹圃聖珪については、現時点で伝記を探すことができていません。ただ、推測として、虎関師錬から下ること5代であるので、およそ同時期になる可能性はあると思います。
「雲門普」について
  • 大徳418世 松月老人書の「雲門普」という墨蹟がありますが、これについて御教示ください。
    書を確認していないのでわかりませんが、大徳寺418世と仰るので、宙寶宗宇(松月老人と称す)の書による「雲門普」という語の出典についてお尋ねかと思います。
     
    これは、雲門文偃禅師の『雲門広録』という語録の「對機三百二十則」の中に、「問如何是正法眼。師云普。」とある部分がそれにあたると思います。
    「雲門の一字関」といい、雲門禅師は修行者を導くのに、わずか一字で禅の要旨を言い表されることが多く、その宗風をしめすのですが、この「普」というのも一字関の一つで、上記の出典の通りに出て参ります。
    つまり、修行者が「正法眼(お釈迦様がお悟りになって開かれた智慧の眼)とはなんでしょうか」と問うたところ、雲門禅師は「普」とお答えになったわけです。
    普とは「あまねし」という意味ですから、「広くゆきわたる」とか、「とてつもなくおおきい」ということだと思われます。