蘇る大通禅師


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大河ドラマで人気らしい「龍馬伝」の原作、『竜馬がゆく』を読んだのは学生になりたてのころだったと思う。初めて手にした歴史小説だったが、すっかり竜馬に魅了されて友人たちに読むように勧めてまわったのを昨日のことのように思い出す。しかし、その後は、必要に迫られての読書に追われて、長い間、歴史物は読まなかった。
研究所がDVDの作成などでお世話になっている映像作家の児玉修さんから、新著『天翔ける白鴎―愚中周及の生涯』(思文閣出版、2010年10月発行)を頂戴した。13年ほど前に、大本山佛通寺開創六百年記念大法要が営まれた際、映像記録作成を担当された児玉氏から、開山である大通禅師(愚中周及)の生涯を絵にすることの困難をしばしばお聞きしていて、まことに限られた資料のなかで、七百年近い昔の一人の人間の生涯を組み立てるのは、気の遠くなるような作業だなと思った記憶がある。
頂いた本を帰りのバスのなかで読み始めたら止まらなくなって、翌朝職場に向かうバスの中で読み終えた。面白い。筋の立て方も秀逸だし、何より文章がほんとうに素晴らしい。愚中禅師の年譜にも載らない空白の十数年、その間の修行専一の禅師の日々が見事に蘇っている。長い間、おそらくは敬愛とともにその足跡を追い続けられた著者の、祈りにも似た禅師の姿が浮かび上がっているのだ。それが事実かどうかなどという問いはいかにも陳腐に思える。真実が緊(ひし)と身に迫ってくるからである。
司馬遼太郎氏の作品と比べて、遜色ないかもしれないなと、ふと思った。
しかし何より、私自身の易きに流れる安逸の日々への深い警鐘となる一書をいただいたことが、とても有り難かった。