7月26日、ワーグナーの作品を演目とするバイロイト音楽祭で(ワーグナーの生前に建てられたバイロイト祝祭劇場で、毎年7月から8月にかけて行なわれている)、イスラエル室内管弦楽団が、「ジークフリート牧歌」を演奏したというニュースを見てびっくりした。
もちろんドイツでイスラエルのオーケストラがワーグナーを演奏するのは初めてのことである。”ワーグナー”は第二次世界大戦の戦前・戦中にナチのプロパガンダとして使われたのだし、ワーグナー自身も反ユダヤ主義者として名を馳せており、家族もナチと親密な間柄だったからだ(ワーグナーの死後、祝祭劇場は息子のジークフリート(1930年死去)を経て、ジークフリート夫人の手に渡ったが、彼女はヒトラーと個人的にも親しく、祝祭劇場はナチス政権の国家的庇護を受けた)。
1948年の建国以来、イスラエルでは、ワーグナーの音楽は非公式に禁止されており、イスラエル人にとってワーグナーの作品は依然としてタブーである。ラジオで放送されることはないし、ましてコンサートの演目に上がることはまったくない。ワーグナーに触れることは国内で今なお激しい論争の種となるのである。バイロイトに於ける今回の演奏によって、イスラエル管弦楽団への補助金が打ちきられないよう、文化相の口添えがあったとも聞く。
欧米でもワーグナーの芸術性はともかく、ワーグナーという人物を賞賛することには、ある種のためらいがある。
そんななかで、楽団を指揮したロベルト・パテルノストロ(彼の母親は、ホロコーストの生存者である)は、「私は音楽をやっているのであり、政治をやっているのでない」と語っている。また、「私はホロコーストの生存者にこの上ない尊敬の念を抱いている。しかしながら、芸術的自由と言っていいような何かがあるのも確かだ」とも。そして演奏は絶賛を博した。
私は文頭で、演奏のニュースを見てびっくりしたと書いた。もちろん、イスラエルの楽団がワーグナーを演奏したことにびっくりしたのだが、同時にヨーロッパのメディアがこのことを大きなニュースとして取り上げたことに感嘆したのだ。
フランス・ルモンド紙電子版は、このニュースの最後に、「ジークフリート牧歌」をアップし、おまけとして、「ぼくはワーグナーをそんなに聞けないんだよ。ポーランドを侵略したくなる」という、ウディ・アレンの映画(Manhattan Murder Mystery)の名場面を紹介している。