或る生活―O氏のこと


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パウル・クレー Fish magic

O氏は酒好きである。食事は一日一回。夕食は(まあ、朝食といっても昼食といってもいいが)午後4時きっかりに始まる。O氏は料理が上手いから少し時間をかけて、4時には丁寧な食事が並ぶ。ほとんど音楽を聞きながらゆっくりと食事を楽しみ、6時過ぎには食事の片付けも終えて床に入る。たっぷり7時間ほど熟睡し、起床は午前1時過ぎ。それからO氏の楽しい時間が始まる。おおよそ午前7時くらいまで、読んで書き、書いて読む。O氏は集中力の権化だから、夜が明けるのはあっと言う間だ。1時間ほど散歩して人参を搾って飲むと、坐禅タイムだ。昔はしんとした場所で坐っていたが、今は特にモーツァルトを聞きながらが多いという。昼ころまで坐ったら、のそのそ床に入って半時間昼寝する。一人暮らしのO氏はこんな生活を週5日ほど続けて、残りの2日間で、まあ率のいい仕事をして生活費をかせぐ。O氏は研究者で、その道ではかなり質の高い本を何冊か出しているが、ほとんど組織に属したことがないので、お金が十分にあった例しがない。食べられないほど窮乏したこともない。「肩あって著(き)ずということ無く、口あって食らわずということ無し」と思ったことがあるのかないのか。O氏を前にすると、「老後はどうする?」といった問いが、口から出る前に霧散してしまうのが、我ながら可笑しい。彼のことを「負け組」といっても「勝ち組」といっても、なんだかしっくりいくような気がするのも、また可笑しい。