久松真一先生
久しぶりに親友たちを誘って御所の花見をした。桜の時期はとっくに終わっていたけれど、それでも花はあちこち咲いていて、おまけに雨が降っていたので、静かでほんとうにすばらしい午後だった。親友の一人は以前にも紹介した坐禅三昧の人だ。もう一人は深い学識を備えた宗教学者だ。私たちはただひたすら御所を歩いた。ものすごい緑だった。三昧氏は、景色をめでるというより、景色のなかに溶けてしまいそうだった。
歩きながら、ふと、以前に柳田静江先生から聞いた話を思い出した。妙心寺山内の春光院の離れに宗教学者の久松真一先生が住んでおられたころのことだ。久松先生は京大の教え子たちにも必ずお茶を点てて、もてなされたという。あるとき、茶室で何人かの生徒たちにお茶を点てられた。当時その一人で、とりわけ禅の修行に純一だった北原隆太郎先生が、お茶を取り込んで、まさに頂かれようとした時、久松先生が、「そのお茶を飲めますか」と言われたのだそうだ。咄嗟に窮した北原先生は、お茶を頭からかぶってしまった。久松先生は驚いたふうもなく、次客の学生にお茶を点てられたという。
真に窮する人は静かだ。三昧氏の傍らを歩きながら、当時の北原先生が一緒におられるような気がした。三昧氏は、別れるときに「以前と同じ、真っ暗です」と笑って、帰っていった。