地域猫のクロちゃん


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“ノラム城 日の出” ターナー

五年ほど前だったか、どこかの母親猫が小さな黒猫を農学部の近くの住宅地に置き去りにした。よろよろと歩くおチビのクロちゃんは、だれにでも声をかける愛想の良い子猫で、地域の人たちに大層かわいがられた。どこのネコというふうでもなかったが、まさに口あって喰らわずということなく、だれかが必ずクロちゃんを養った。
クロちゃんは、生来虚弱で歩行もすんなりといかず、ある日心配した有志たちが、獣医に診せた。白血病ということだった。それからは、だれがどう取り決めたわけでもないのに、みなが回り持ちで治療代を負担して、弱いながらも日々機嫌良く過ごし、次第に元気になっていった。子供たちからもよく声をかけられた。夕暮れ時など、道路の端に座って、道行く人を眺めているクロちゃんは、何かをねだるというふうでもなく、不思議な一幅の絵のようだった。
今年に入ってから、クロちゃんの眼のあたりにコブのようなものができた。どこかで怪我をしたのだろうかと、クロを知る各人が心配して、医者に連れていった。顔面腫瘍の一種だという診断だった。そのうち暑さとともに、クロの腫瘍は顔いっぱいを覆った。眼もよく見えなくなったようだった。その頃には医者に連れていかれるのをいやがるようになった。有志たちが、医者から薬を求め、心意気の高い一人が注射の仕方をならって、化膿止めの注射を打った。注射をすればかなり元気を取り戻すのだが、それでもだんだんやせ細っていった。医者は、腫瘍で脳がやられたら、おかしな行動をとるようになるかもしれない、そのときには、安楽死ということも視野に入れてくださいと言った。クロを知る各人が、それぞれに胸を痛めた。
酷暑の一昨日、クロが静かに息を引き取ったと知らされた。
享年六。
仏心の大海に生まれたクロちゃんは、仏心の海を泳ぎ、仏心に還ったのだ。
無垢のものの死は、ただ訳もなく辛いが、見事な一生だったなと、頭がさがる。