盛永宗興老師
「あったかハイム」という住宅のCMがある。寒い夜空の下、愛しい家族の待つ暖かいわが家に向かう--「絵に描いたような幸せ」を可視化したものだ。家路を急ぐおとうさんを待つのは、かわゆい娘であったり、美しい奥さんだったりする。娘は品行方正で成績も良い。奥さんは料理上手で、優しい。おまけに笑顔の素敵な人だ。おとうさんは、仕事もできて部下にも慕われている・・・・・んな家族があるわけないだろ、と思っても、やっぱり憧れるから、ローンを組んでとりあえず家を手に入れようかなあなんて、みんな頑張ってしまうのだ。
元花園大学学長の故盛永宗興老師は、新婚の人たちへのはなむけに、好んで「破鍋(われなべ)に綴じ蓋」という言葉を使われた。「どうしようもない」人が「どうしようもない」人とくっついて、それでもというか、それだからこそ何とかやっていって欲しいという祝辞だったようだ。これは「盛永老師」の言葉でなければ、間違いなく顰蹙ものだっただろう。老師は、「才媛」も、かつて流行った「3K」も、「~代続いたお家柄」も、「どうしようもない」ということにかけては、人後に落ちないと言われたかったのだと思う。
人間の実存の真っ只中に、いかんともしがたい否定性(虚無)があること、人はそれに気づかずにはいられないこと、またその虚無にとどまってもいられないことを、老師は何とか、言葉にして届けたいと思われたのだ。
「あったかハイム」のおうちは、実は断崖絶壁に建っているのだよ、そこを悪夢の館とするか、落ち着きの「場」にするかは、あなたに、あなたたちだけにかかっているのだよ、と。
老師が住持されていた大珠院に、子供のころから通っていた女の子が、中学生になり夢いっぱいの絵葉書を旅先から寄越したとき、老師はその葉書を両手に挟んで、「どうぞ」と祈られたという。その女の子も、どうしようもない人間の否定性(虚無)を免れることはできない、と熟知しておられたからであろう。
故久松真一博士は、その「どうしようもない」ところを「どうするか」と一人ひとりに迫られた。何ぴともその「どうしようもない」ところにとどまっていることができないことを体得しておられたからだ。
まためぐってきた年の瀬に、そんな、老師や博士の「心切」が、「どうしようもない」わたくしには、しきりに思い起こされるのだ。
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