お正月の形

 

130107-1.jpg皆さまこんにちは。
本年もブログ禅をどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、今年のお正月はどのようにお過ごしになられましたか。
昔ながらに家族で祝われる方、元日よりお仕事の方、お正月だからといって特に普段と変わらぬ方、その過ごし方は一昔前よりも多種多様に変化している事と存じます。

変化といえば、注連縄やお飾りをしない家も昔より確実に増えました。
“形(かた)”が無くなってくるというのは、おおげさかもしれませんが、日本人の精神生活の危機のようにも思えます。
汚れている所に歳神様は来てはくれまい・・・と大掃除をし、神様のよりしろとなるものをお飾りし、一年の自身を顧みつつ、清浄な家屋と心にて、まるで全てが清らかに新しく改まるかのように思える新年を待ち、迎える。
何もせずともそのような清々しい気持ちで新年を迎える事が、はたしてできますでしょうか。豪華にせねばならぬわけではありません、質素とケチとは違います。
神仏も祖先も、形をもって祀り、祈ることによってこそ、より認識できてくるように思えます。私は目に見えぬ事をあらわすという事は大切な事と考えています。

130107-2.jpgそんなこんなで、実家の正月の在り方(おせちやお飾りなど)から、改めて家の事を知り、学び、それによって自分の事を知り、考える・・・という機会を持った元日でした。
“決まった形がある”という事は、非常に有り難い事で、迷いを遠ざけますね。

注連縄を飾る家が少なくなったからこそ、より一層強く意識した出来事でした。
ハレとケの境目の無いぼんやりした日常、ぼんやりした日本にならぬよう祈るばかりです。