現在、禅文化研究所では、今年の秋には発刊を予定している堀内宗心宗匠の『歩々清風』という禅と茶についての書籍の編集をしている。
そんな折、とても興味深い催しが花園大学の創立記念日において催された。去る5月25日、花園大学無聖館でのこと、『禅文化の継承 -茶道家と俳優滝田栄の語らい-』と題したパネルディスカッションである。
パネラーは、表千家から堀内宗心宗匠、裏千家から金沢宗維宗匠、俳優の滝田栄さん、そして花園大学 阿部浩三学長であった。コーディネーターは花園大学の芳井副学長。
花園大学には、大学としては珍しく本式の茶室があるが、そこでは、表千家は堀内家、また裏千家は金沢家から宗匠方にお見えいただいて、学生たちが茶道を学んでいる。
さて、最初にパネラーの諸氏がご挨拶されたが、冒頭に阿部学長が堀内宗心宗匠との出会いについて語られた。
阿部学長は在家から出て禅僧になられた方であるが、花園大学在学中に茶道部に在籍し、そこで当時ご出講いただいていた堀内宗心宗匠について手習いされたということであった。
学長老師は、当時抱かれた宗心宗匠の印象を表わすエピソードをお話しになったが、それは今、私たちが感じる宗匠の素晴らしいお人柄とまったく合致するもので、とても共感した。
そこで、事後、学長老師にお願いして、その当時の思い出深いエピソードを『歩々清風』のまえがきにさせていただくようにお願いしたので、詳しくは『歩々清風』のまえがきをお読みいただきたいと思う。
学長の次に話されたのが、滝田栄さん(写真中央)。
彼の顔はテレビで見たことがあったものの、特に意識して見たことがなかった。
お話によると滝田さんは若き頃、NHKの大河ドラマで主演・徳川家康役に抜擢されたそうであるが、演じるべき家康像が全然わからず、逃げ出したいほどの衝動にかられたそうだ。ふと、家康が若き頃に軟禁されたという静岡の臨済寺を訪れたなら、何か見えてくるかもしれないという気になり、何も知らないままに臨済寺の門を叩き、一旦は断られたものの、結果、修行僧と共に一つの釜の飯を食う生活をしたそうである。
ただ、禅というものを知らず、もちろん坐禅も知らなかったので、あるとき拭き掃除の最中に、一人の修行僧に「坐禅って一体なんですか」と尋ねたところ、「今やっているこの拭き掃除も坐禅ですよ」とすぐに答えられて、ああ!と何かわかったような気になったという。そう答えた修行僧こそが、後のこの阿部学長(現、臨済寺僧堂師家)なのだという。
また、当時の師家であった白拈室老師に、「たぶん竹千代(家康の幼名)は、当時のここの住職であった太原崇孚和尚に、『お釈迦様のような天下人になれ』と説かれたのではないかと思う」と言われたことで、家康像に対する悩みが瓦解し、無事大河ドラマを演じきることができたということであった。
滝田さんは、この臨済寺での生活、そして禅や仏教を知り得た一期一会というものが、人生において本当に貴重なものであったと、にこやかに語られた。
まことに信じるものを持っている人の話であると感じた。
宗匠方を交えての対談のあと、最後に、禅や茶道の継承について、学長よりまとめとなる話があり、この有意義なディスカッションは幕を閉じた。
一番心に残ったのは、「伝統の継承、文化の継承というのは、実はこちら(弟子)の方がひたすらに習い、ひたすらに求め続けていって、はじめて伝わっていくものではないか…頭で了解して伝わるものではないと思うのです」という学長老師のお言葉であった。
上から下へ伝えるという視線ではなく、弟子の方がひたすらに求めてこそ、それこそが継承であるというお言葉にハッとする思いであった。
ひたすらに求めたい、そう思えるような師匠に出会えた人間は、この世に生まれてきてそれほど幸福な事は無いであろう。