上田閑照先生の新刊書『言葉』(岩波現代文庫・哲学コレクションⅢ)。謹呈の栞に、「言葉の問題」は私の思想の動脈であったことに気がつきました、御大切に、と御書き添えくださった。
「御大切に」という先生の「言葉」が、ほんとうにありがたい。先生のあたたかさが静かに心にひろがって、ご本を頂戴した日は、雪が降りしきっていたけれど、一日中あたたかだった。今もご本を手に取ると、なおあたたかい。おそらく先生は、書を認められるとき、「御大切に」という言葉をお書きになるだろう。しかし先生が私にくださった「御大切に」は、たったひとり私のためにお書きいただいた唯一無二の「御大切に」で、天地一杯の「言葉」だ。そのことが何やかやと心騒がしい日を送る私に底知れぬ勇気を与えてくれる。
本書で、上田先生は、西谷啓治先生の「言葉」を次のように記しておられる。
――西谷啓治先生のもとで私は哲学を学び始め、先生が生涯の師となった。四十代半ば、その二、三年来の経験に打ちひしがれて、先生に「すべてがいやになりました」と訴えたとき、一呼吸、間をおいて先生は言われた、「それはいいことだ」と。これはその弟子の存在を別調に転ずる一転語になった。――