天龍寺 平田精耕管長の津送

法堂での轤キ拜式

去る3月6日、大本山天龍寺第84世住持 平田精耕管長の轤キ拜式が執り行われた。
ふつう禅僧の葬儀には、遷化してすぐに行われる密葬と、正式に縁者を集めて行われる津送とがあるが、天龍寺ではこの津送を轤キ拜式というようだ。
轤キ拜という言葉にあまりなじみを感じなかったので調べてみると、『禅学大辞典』に、「【轤キ拜】しゅはい:轤キ香礼拜の略。香を轤キ(た)いて礼拜すること」とあった。

轤キ拜式の模様

法堂で行われた式には、およそ180名の尊宿、一般来賓は160名が参列。また法堂の外にも数百人の会葬者がおられたように思われた。
大導師をはじめ尊宿や来賓が入場した後、まず、裏千家の千玄室大宗匠によるお献茶。
その後、龍門寺の河野太通老師や、京大名誉教授の上田閑照先生など、四人の方からの弔辞が奉読され、老師との思い出を語られた。
つづいて、秉炬香語を、大導師である大本山相国寺の有馬頼底管長から奉られたあとに、大悲呪一巻を誦まれ閉式となった。

平田精耕老師の遺影

平田老師は、若き頃ドイツに留学され哲学を学ばれ、花園大学でも教鞭をおとりになった。私が職員になった当時、この禅文化研究所の理事長をされており、研究所に哲学研究班を開設されたり、また私たち職員を老師のお好きだった山登りにお連れいただいたり、親しく接していただいたのが懐かしい思い出となってしまった。

平田老師のご自坊・天龍寺山内の松巖寺