拓本は石碑の文字や青銅器の装飾、土器の文様などを写し取るためのたいへん重宝な技法だ。文字や文様を正確に写し取ることが出来るだけではなく、拓本自体の白黒のコントラストの美が好まれて鑑賞の対象にもされる。
日本での拓本についての最古の記録とされるものは、鎌倉時代の『元亨釈書』義空伝に見える。義空は平安初期に中国から渡来した禅僧である。虎関師錬は『元亨釈書』に義空の伝を収録するに当たり、史料とするために彼の功績を書き記した石碑の写しを探した。八方手を尽くして探したが誰も持ってはいない。そこで東寺にあるという石碑の現物を見に出掛けた。
ところが当の石碑は破片が四つ残るのみであった。その昔、羅城門が倒壊した時に下敷きとなり砕けてしまったという。師錬は自分でそれらの拓本を取り、自房に帰って上にしたり下にしたり、あれこれ並べ換えて解読を試みたという。彼は「中国には古い物に関心を持って史料を収集した立派な人物がいたが、残念ながら日本にはそういう人はいなかった。義空の碑の全文を読めないのは惜しいことだ」と嘆いている。
現在でも、現物はとうの昔に戦乱や火災などで失われてしまったが、辛うじて拓本だけが残っていて内容を知ることが出来るという金石文は多い。拓本は筆写よりも正確で現物に準じて扱われる。しかし世の中には偽造されたと思われる拓本も相当数あるので、使用するときには注意が必要だろう。