病を得るということ

天龍寺の竹薮

親しい娘さんが「大腸ポリープ」の摘出を受けた際、粘膜下にガンが広がっている可能性が極めて高いという医者の指摘があって、10日後に出るという検査結果を待っている間の親御さんの苦しみは大変なものであった。「若いからガンの進行も早いだろう、私たちより先に逝くなんて・・・」と、最悪の事態を予測したおかあさんは食事も喉を通らないし、ほとんど眠っておられなかったのではないかと思う。
その話を伺って最初に私が考えたのは、医者の診断を受けるまでの10日間をその娘さんはどう過ごしたらいいのだろうということだった。その日々をどんなふうに過ごすかで、検査の結果が出てからのことがほぼ決まるだろうと思った。意見を請われたので私なりに考えた。もし私なら、まずは断食をするだろうと思った。疲れ切った消化器をたっぷり休ませてあげなくてはならない。野菜嫌いで肉やケーキをほぼ毎日食していたという内臓は、多分相当イヤイヤをしていたはずだ。「我が身」とはいうけれど、身体の内部で起こっていることを「我」は何も知らないから、口が欲するものを身体に問わずに取ってしまう。そして身体に変調を感じたら、今度は医療機器や種々の検査を通しての医者の判断を待たずには、我が身のことすらわからない。せめてその10日間は、我が身と親しくつきあって、身体の声を聞いてあげなくては。
結局私はその娘さんに、「一日おきに断食したらどうでしょう。断食をしない日は、玄米クリームなどの穀類と野菜を少々食べたらどうでしょう」と自分の経験を通して知っている範囲のことを言ってみた。娘さんはやはり医者の言葉がショックだったのだろう、肉もケーキもピタリと止めて、なるたけ身体に負担をかけない10日間を過ごしたようだ。その間、漢方医の「断食はきわめて良い選択です。そのときに、胡麻と蜂蜜に根昆布の粉末をたっぷり入れておあがりなさい」という診断に勢いを得て、その娘さんは、自分の身体に結構「親身」になったようだ。生まれて初めてのことだったらしい。娘さんは、ガンの診断を受けたら、漢方医の意見も聞いて、自分でどうするか決めようという決心までしたらしい。10日くらいの間でも人は変わるものだとびっくりした。
診断の結果は、細胞が高度に異形しており、ガンの一歩手前であったという。もちろん油断はできないようだが、もしこの10日間の経験を食生活を含めた生活全体に生かすことができたら、この娘さんはきっと乗り越えられるだろうなあと思った。「我が身」が病を得るということを「我」が責任を持つということについて、若い娘さんがすんなり会得したのを見てちょっと嬉しかった。