『栂尾明恵上人伝記』に次のような一節がある(現代仮名遣いに改めた)。
上人常に語り給いしは、「幼少の時より、貴き僧に成らん事を恋願いしかば、一生不犯にて清浄ならんことを思いき。然るに、いかなる魔の託すにか有りけん、度々に既に婬事を犯さんとする便り有りしに、不思議の妨げありて、打ちさまし打ちさましして、ついに志を遂げざりき」と云々。
権化の人と言われ、一生不犯を誓った明恵上人にも、あわや淫事を犯してしまいそうになるような誘惑があったらしい。しかし、その度ごとに不思議な邪魔が入って、ついに今まで誓いを破ることはなかったのだという。
ましてやわれわれ凡夫は、ついつい精進努力を怠り、煩悩の業を優先してしまいがちである。そのようなときこそ、最初の決意を思い出し、安逸に流れる自らの心を「打ちさまし、打ちさまし」して前に進んで行かなければならない。そのような人には、神仏の不思議な冥助もきっとあるにちがない。