「畜類償債譚」

延興寺の僧恵勝は、生前に寺の浴室で湯を沸かすための薪一束を無断で他人に与え、そのまま死んだ。その後、寺の雌牛が一頭の仔牛を生んだ。やがて成長した仔牛は、薪を満載した荷車を引いて休むことなく働かされた。
ある日、見かけない僧侶が寺の門の所に立っていた。いつものように荷車を引いて門を入っていく牛を眺めて、「恵勝法師は、涅槃経はうまく読めたが、荷車はうまく引くことができない」と言った。牛はそれを聞いて涙を流して嘆息し、そのまま倒れて死んでしまった 。
牛を連れていた人は「お前は、牛を呪い殺したな」と責めたて、その僧侶を朝廷に訴えた。朝廷はその僧侶を呼び出して取り調べるが、その姿は貴く美しく、ただ者には見えない。そこで朝廷はその僧侶を浄室に控えさせ、三人の絵師に似顔絵を描かせた。すると絵師が書いた似顔絵はみな観音菩薩の姿であった。気づくとその僧侶は忽然と消えていた。(『日本霊異記』上巻)
生前になんらかの形で罪を犯した人物が死後家畜に生まれ変わり労働して償うという形式の説話を「畜類償債譚」などと称し、中国の『太平広記』や『冥報記』に多く見える。南泉普願の「山下に一頭の水迚ッ牛と作り去らん」の語も、ただこれらの説話を前提とするというばかりでなく、この生々しくも恐ろしい罪悪と業報の話によって担保さえされているようにも思われる。