狂言の名乗り

京都にいると、例えば能や狂言を、勤務の終わった後に出ても無理なく見に行ける。
それも金剛能楽堂や観世会館といった、本家本元へである。
これはとても嬉しいことだ。
学生の頃、父にすすめられて、一度、当時の金剛能楽堂まで出向いたことがあるが、どうも学生の私には敷居が高すぎて、入ることができなかった。
先日、観世会館で、「鬼瓦」・「月見座頭」・「仁王」という、それぞれ有名な狂言を観ることができた。
狂言の始まる前に茂山千之丞さんが、狂言こぼれ話ということでお話をされた。
そのお話は大変フランクな調子で、大いに笑って楽しんで欲しいということで、実際、その後の狂言も気楽に笑って楽しむことができた。
ご存じの通り、狂言では最初に名乗りといって、「これはこのあたりに すまいいたすものでござる」というように自己紹介のセリフがある。さて、この「このあたり」というのはいったいどこなのか。
茂山千之丞さんが仰るには、「狂言は、時代を越えて、今この時代のこの場所で演じられている。このあたりというのは、今の場合、この観世会館のあたりと思って頂ければいい。また、お客さんがこの舞台にあがって、自分自身のことと思ってくださればいい」ということだった。
眼から鱗のような気分だった。
たしかに「仁王」には、セリフの中に現代のこと「コンビニで云々」と出てきたりもして面白かった。古典芸能なのに、全く以て新しいのである。
学生の頃感じた敷居の高さなどというものは、実は勘違いだったのである。
さて、このところ、大御所と言われる人に出会ったり、話を聞いたりするたびに思うのだ。
こんな言い方をしては失礼かもしれないが、すばらしい人は、例外なく、大変お茶目なのである。
とても気さくで、いつも何か面白いことを見つけて楽しもう、としておられるように感じられる。
堀内宗心宗匠しかり、茂山千之丞さんしかりである。