眠る


osyosan_anka.jpg

昨秋からよく眠る。
いまだかつて不眠症になったことは一度もないが、たまには寝付きの悪い夜や、夜中に目が覚めることはあった。それが昨秋から夜中に一度たりと目が覚めない。理由はこうだ。昨春だったか、季刊『禅文化』に「和尚さんの身体講座」をお書きいただいている樺島和尚から、同年秋、当所発行予定の書き下ろし単行本の原稿が入った。和尚の文章はどことなく愉快なので編集作業も楽しいが、「これは!!!」というような有益な情報もいっぱいある。そんななかに「遠赤外線アンカを作る」という話があった。

……遠赤外線セラミックスは加熱すると数十倍の遠赤外線を輻射する、という性質がある。だから冷めにくい布団の中で温められたセラミックスは、効率よく遠赤外線を輻射するというわけだ。遠赤外線は光の一種だが、布団くらいなら通過してからだの各所を照射する。……これは面白い。そう思った私は、「遠赤外線ライト」を改造進化させて「遠赤外線輻射アンカ」を作った。略して「遠赤アンカ」である。布団にもぐりこみ、遠赤アンカをラッコのようにだっこする。食べ過ぎ飲みすぎの日には鳩尾に当てる。しばらく経つと、善意の温かさが胃腸を応援してくれる。徐々に気血が腹部に帰りはじめるのだろう。それとともに意識のレベルが落ちていく。昼間の仕事をひきずって毛羽立ち、とげとげしていた意識の角がとれ輪郭が丸くなって解けていく。腹筋が元気をとりもどしているのか、自ずから深く呼く呼吸が現われ、意識レベルがしだいに低下し、腹部と足先の温かいまどろみの状態が、言い知れぬ幸せ感をつれてくる。そうして、満ち足りた温かさの中で、がくっがくっと全身の力が抜け、眠りに落ちていく。とまぁ、おおげさに言えばこんなところである。……(樺島勝徳『プチうつ 禅セラピー』禅文化研究所、2009年、212~213頁)


和尚さんは、材料費五千円・手間賃が三時間の五千円で合計一万円の「遠赤外線輻射アンカ」を造った。販売は五十個限定である。一人二個まで。それも道場の人にしか売らないという。

「遠赤外線輻射アンカ」の良さを感じとれる人でなければ、この高額なアンカに不平が残るだろうし、道場の人であれば、壊れたときにいつでも修理ができるからである。ずいぶんと高額な手作りアンカだが、今のところ二年間で三十個売れた。そして今年からは、一人で三個以上買う人は一個一万五千円に値上げした。三十個も作ったので、もう飽きてきたからである。(同書、214頁)

私はもちろん和尚さんの道場には通っていないが、編集者という強みがある。和尚さんに、是が非でもわけてくれろ、と詰め寄った。和尚さんは、しょうがないなあと言いながら、研究所に運んでくれた。その夜からアンカは私の親友になった。私はアンカの布団に潜り込むのが無上の喜びとなり、くたっと眠っては幸せに目覚めるという生活が今に至っている。とにかく暖かい、暖かい。布団のなかはお風呂と同じ42度。一晩中温熱療法をやっているようなものだ。それにお風呂と違って体力を消耗しない。私は、昨秋から、何度アンカちゃんにありがとうを言ったことだろう。
アンカちゃんには、夏前までこのまま付き合ってもらおう。それから夏季ヴァカンスを2ヶ月間ほどあげよう。
秋風がふくころには、たっぷり休暇を取ったアンカちゃんと私の付き合いが再開するのである。